ごみばこ

感情の吐露

同期は友達か

4月、今日から2年目である。

時は早いな!気を引き締めて今年もユルッといこう。

 

最近思うことが同期は友達なのか、ということである。

今の今までそんなことを考えたこともなかった。ただ周りの同期と同じような会話をすることが多いので自分の今思うことを書こうと思う。

 

同期は400人くらいいてまあ非常に大人数で構成されているんだが、その中でもだいたい30人くらいとはしょっちゅう飲みに行ったり休日に遊びに行ったりする仲だ。

仕事の話はもちろん、恋愛話もするししょうもない話もする。もうこの時点で友達であると思うんだがどうなんだろうか。

ある同期は、同期=友達ではなく、割り切って接していると話していたが、割り切るってなにを割り切っているんだろうか。

素の自分を出していないということなのか?でもそのコミュニティによって立ち振る舞いや行動、言動って変わるものじゃないのか?

軸となる部分は変わらないけど全てのコミュニティで人はどこかしら割り切って接しているんじゃないのか?

 

今日はもう遅いからここまで。

ねる。考えても仕方ねーや

 

 

2018/2

気がつけば2018年も2月。

年明けからもう1ヶ月経ったのかと感慨に耽る時間すらない。

 

1月は上京して初めて東京の雪を味わった。

地元もそんなに雪が降るところじゃなかったから

非日常な”雪が降る”ってことは好きだから楽しみだった。

 

大学2年の時、地元にも雪が積もった。

ほんとに数年ぶりの積雪でハタチにも関わらず

中学からの友人と公園で雪だるまを作ったりしたのを思い出す。

 

もう一回降って欲しい。非日常が好き。

電車がめちゃくちゃ遅延することも、駅に入場規制がかかることも

全部非日常だから楽しい。普段となにかが違うだけで思い出深くなる。

 

それにしても、ここ最近、精神が安定しているのか不安定なのかわからなくなってきた。

仕事自体は辛いことも多いけどまだ楽しくやれているし、

上司や先輩が優しいから人間関係に悩むこともない。

それなのに毎朝、特に月曜日の朝が憂鬱。

これから社会人として、サラリーマンとして40、いや5,60年同じサイクルの繰り返し。

週末を目標に平日をただ坦々とこなしていくように過ごす日々。

一日一日が早く、気がつけば上京して一年が経とうとしている。

 

本当にこんな人生でいいのか、と最近思う。

週末は楽しい。だけど学生みたく講義をサボって昼から映画見に行ったり

飲みに行ったりすることは二度とできない。

高校生みたいに酸っぱい恋愛することもできない。

目線が合っただけでドキッとすることもまあないんだろう。

大人になるに連れて使えるお金は増えて、遊びの幅も広がったかのように思えた。

だけど、それは歳相応な遊びしかできなくて、その時その時にしか経験できないことはもう二度と経験できない。

でも誰もそれは教えてくれなくて、きっとみんな同じ思いで生きているんだろう。

 

MOROHAのtomorrowを聞きながら書くと良くないな。

彼女欲しい。

2018年

2018年、始まり。

 

年末は東京で過ごしてた。

東京の年の瀬は電車に人が少ないのに商業施設やスーパーの中は人がいっぱいで、独特な雰囲気が楽しめた。

エンターテイメントが多いし、刺激のある年末を過ごせた。

 

年明けてから地元に帰った。

地元の友人と飲んだり、高校の友達と飲んだ。

特に有意義に過ごせたのは昔好きだった地元の女の子に会えたこと。

 

彼女は地元が同じなのに、大学時代まであまり関わりがなくて、

大学生の時にSNSのメッセージで初めて連絡を取ったのが関わり始めるようになったきっかけ。

 

当時は高校の元カノに未練があって、その女の子のことは可愛い子だなあと思ってたけど意識してなかった。夏前に告白されてわけもわからず振った。

元カノとは大学2年の夏、一瞬だけいい感じになったのに粗相で嫌われた。

それ以来元カノとは現在も連絡取っていない。

 

元カノに嫌われてから好きな人がいないという人生最大の危機に陥った自分は

地元のその女の子に対してまたメッセージを送り始めた。自己中極まりない。

その子にもあることで嫌われてしまい。その子は他の知らない男と付き合った。

・・・そして現在に至る、という経緯である。

 

なぜ会うことになったかというと、友達と飲んでてその場の軽いノリで今地元帰ってきてるから会えないか、とメッセージを送ったところ、会ってくれることになった。

3年ぶりに会うからには今後しっかり付き合っていきたいし、恋愛抜きにしても仲良くしていきたいと思った。

待ち合わせて、久しぶりに会った彼女は当時から可愛かったがモデルをやっていてもおかしくない程度の美人になってた。

地元の数少ない飲み屋に入ってそわそわしながら乾杯した。可愛い子と飲む酒は何事にも代えがたい美味さだし、何食っても美味かった。

 

近況の話や昔話をしてとても懐かしい気持ちになったと同時に、

学生時代の自分はほんとにアホだったと改めて痛感した。

 

彼女は付き合っていた彼氏と一年半前くらいに別れたらしかった。

正直死ぬほど嬉しかった。でも東京と地元は遠い。だから今度遊ぼうとも気軽に言えなかった。

ずっと東京に憧れててやっとの思いで上京したけど、この時ばかりは地元に帰りたいって気持ちになった。

 

今後地元に帰る時は会ってくれるらしいし、メッセージも続けてくれるから

2018年も頑張れるわ

友情

およそ100日ぶり。

まあ疲れてはいるがなんとかやっている。

数百人いる同期のうち何人かは辞めてるらしい。

 

世の中にはいろんな人がいて、

少なからず自分が嫌な人、自分と合わない人もいる。

そんな人から離れるのは楽だし、

離れたほうがいいこともある。

 

だからといって、

少し自分に都合が良くないことがあると

すぐに離れる人間はとても小さい人間だ。

 

なにも考える必要がないからだ。

苦悩せずに済むからだ。

苦悩した挙句、限界になる前に逃げることは大切なことだけど、すぐに思考停止するのは弱い人間のすることだ。

 

相手の気持ちも考えず、

ただ独りよがりに生きている人間のすることだ。

 

そんな人間はこれからもそういう風に生きていけば良いし、自分が中心の世界で生きていけばいいと思う。

 

そんな世界にいるようじゃ、

君はなにも成長しない。

 

考えることをやめるようじゃ、

誰からも愛されることはないだろう。

 

一人の世界に閉じこもっていればいい。

 

 

ちなみに数ヶ月の間に好きでもない女と付き合って別れた。

先日書いた女の子とはよくわからないまま連絡を取らなくなった。

立つ噂

気がつけばもう8月も終わりに近づいている。あっという間にすぎる夏。お盆休みは10連休を取得し、地元から友人や親が東京へ来た。久しぶりに会う友人、上京する前は近くにいるのが当たり前で、進路のことや色恋沙汰、いろんなことが重なって少し嫌だった部分もあった仲だけど、離れ離れになって久しぶりに会うとそんなことどうでもよくなって単純に楽しい時間を過ごせた。親も一人地元に残しているわけで、久しぶりに見る親の顔はどこか疲れているようにも見えて、これからあと何日一緒に過ごすことができるんだろうとか考えながら過ごした。実家には帰省していないけれど、非常に充実した連休だったと思う。

仕事は少しずつ慣れてきて、全体感は不明だけれどもなんとか目の前の業務をこなしている。職場というか全社的に優しい人が多いようで、怒鳴る人なんて以ての外、優しく説明してくれる人ばかりで恵まれた環境だと感じている。

同期とも仲良くやっている。一面を除いて。

色恋沙汰である。

大学生の時は遊んではいたが、男友達と旅行や買い物に行くことがもっぱらであった。というかほぼ遊んでいない。ちょっとエッチなハプニングがあった程度だった。入社してから自分の中の何かが弾け飛んだ。ヤれそうな女にはすぐに手を出し、タクシー代など気にせずお持ち帰り。その時にヤれなくても後日ご飯に誘ってハメる。そうこうしている内に噂が立つ。当然である。自分がとやかく言われるのはいい。ただ、手を出した女の子に迷惑がかかるのが一番あってはならない。なによりも飲みの席で、手を出したことをさらっと言ってしまう自分の神経を疑う。今日は女の子への謝罪で100分もの長電話をした。土曜日の昼前なのにである。ただ、全て自分が蒔いた種であり、種を蒔くだけ蒔いてあとは放置していたからである。因果応報。

 

とは言っても、有難いことに好きな人が出来た。

昨日は急遽その女の子とご飯を食べることができ、心機一転噂など言わせておけば良い。俺はこの女の子と幸せになるんだ、としみじみ思いながら過ごす土曜日の夜である。くだらない24時間テレビを横目に。

 

同期の葬儀から3日が経った

 

周りは平常運転

 

納骨、初めての経験で震えた

 

やっぱり考えると悲しいけど、

気持ちの整理もついてるし

 

明日の飲み会は楽しもう

いのち

 

同期が死んだ

 

原因はわからないけれど、おそらく自殺だと思う

 

入社して3ヶ月、そろそろ4ヶ月経とうとしているこの時期に

 

いくらなんでも早すぎないか?

 

ただの憶測でしかないが、もし自殺なら、何が彼をそこまで追い詰めたのか

 

同期が数百人いる中、たまに飲みに行くような仲だったからなおさら辛い

 

付き合っているうちに、「あ、この人は相手のことを考えすぎて自分の意見が言えない人なんだな」ということは薄々気づいていた

 

そういう性格だから、誰にも相談することができなかったのかもしれない

 

1ヶ月前の、最後となってしまった飲み会で、彼は元気に職場のことを他の同期たちにも話していたし、うまくやっていけてるんだな、と安心していた

 

それなのに、余りにも突然すぎる

 

身の回りの人間が亡くなったことは数回程度しかないけれど、やはり訃報を聞いた次の日の朝の気分は人生で最も最悪だ

 

もう二度と身の回りの人間に自殺してほしくない

 

ご冥福をお祈りします